Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
深い眠りに落ちる直前、コウキはいつものように睡眠薬のボトルを手に取った。学校に行けなくなってから、彼は孤独を紛らわすように、毎日大量の睡眠薬を飲んでいた。これがただの現実逃避だとわかっていても、止めることができなかった。
ふと、母親の声が聞こえた気がした。「コウキ、もうやめなさい！」その声はかすれ、悲しみに満ちていた。しかし、コウキは無視し、錠剤を口に放り込んだ。数えきれないほどの錠剤が、喉を通っていく。
意識が遠のいていく。これはただのオーバードーズだ。明日もきっと、同じことの繰り返しだろう。コウキはそう思いながら、闇に沈んでいった。
次に目を開けた時、コウキは自分の部屋にいることに気がついた。しかし、何かが違う。見慣れたはずの天井が、いつもより少しだけ高く感じられる。そして、自分の体が、やけに軽い。
体を起こそうとした時、彼は驚愕した。隣で、信じられない光景が繰り広げられていたからだ。
そこにいたのは、メガネをかけた現代っ子風の少女だった。コウキと同い年くらいだろうか。彼女は寝ぼけ眼をこすりながら、むっすりとした顔でこちらを見ていた。
「あんた、誰？」少女はぶっきらぼうに言った。「ていうか、ここどこ？私のボトルは？」
コウキは混乱した。「ボトル？ここは俺の部屋だ。お前こそ誰なんだ？それに、どうしてここにいるんだ？」
少女は眉をひそめた。「あんた、まさか覚えてないの？私だよ、ララ。あんたがいつも飲んでる睡眠薬、擬人化された姿。」
コウキは目を丸くした。ララという名前は、彼が毎日飲んでいる睡眠薬のパッケージに書かれていたものだった。まさか、それが本当に擬人化されて、自分の目の前に現れるなんて。
「擬人化…？そんなのありえないだろ？」コウキは笑い飛ばそうとしたが、ララの真剣な眼差しに、言葉を失った。
「ありえるんだよ！」ララは語気を強めた。「あんたがオーバードーズしたせいで、一時的に人間になっちゃったんだから！」
それから数日間、コウキとララの奇妙な同居生活が始まった。ララは睡眠薬だった頃の鬱憤を晴らすかのように、コウキに愚痴をこぼし続けた。
「毎日毎日、私を大量に飲んでさ！私の気持ちも考えてよ！私はあんたのゴミ箱じゃないんだから！」
最初はうんざりしていたコウキも、次第にララの存在が気になり始めた。彼女はわがままで口うるさいけれど、どこか憎めない。そして、彼女の言葉には、コウキ自身の孤独や苦しみを映し出す鏡のような力があった。
ある日、コウキはララに、自分が学校に行けなくなった理由を話した。彼はかつて成績優秀な生徒だったが、過剰な期待とプレッシャーに押しつぶされ、心身を病んでしまったのだ。
ララは黙って聞いていた。そして、話し終えたコウキに、こう言った。「あんたは、自分を責めすぎだよ。もっと気楽に生きたらいいのに。」
ララの言葉は、コウキの心に深く響いた。彼は今まで、誰にも本音を打ち明けることができなかった。ララは、初めて彼の心に寄り添ってくれる存在だった。
時が経つにつれ、コウキとララの関係は変わっていった。最初はただの同居人だった二人は、互いを理解し、支え合うようになっていった。コウキはララの明るさに惹かれ、ララはコウキの優しさに安らぎを感じるようになっていった。
いつしか二人は、恋愛感情を抱くようになっていた。それは、孤独な少年と擬人化された睡眠薬という、決して許されない恋だった。
ある夜、コウキはララに告白した。「ララ、俺はお前のことが好きだ。お前が睡眠薬だってことはわかってる。それでも、お前と一緒にいたい。」
ララは戸惑った。「私だって、あんたのこと嫌いじゃない。でも…私とあんたは、一緒になれないんだよ。私は睡眠薬だもん。」
コウキは諦めなかった。「それでもいい。俺は、お前と一緒にいたい。」
ララは涙を浮かべた。「ごめんね、コウキ。私は、あんたを幸せにできない。」
翌日、ララは姿を消した。コウキは必死に彼女を探したが、どこにも見つからなかった。ララは、まるで最初からいなかったかのように、コウキの前から姿を消してしまったのだ。
失意の中、コウキは自分の部屋に戻った。そして、机の上に置かれた一つのボトルに気づいた。
それは、ララが擬人化される前に姿を変えていた、あの睡眠薬のボトルだった。
コウキはボトルを手に取り、中身を全てゴミ箱に捨てた。そして、決意した。「もう二度と、睡眠薬には頼らない。」
彼はララとの思い出を胸に、再び学校に通い始めた。最初は辛かったけれど、彼は諦めなかった。彼はララとの約束を守るために、前を向いて歩き始めたのだ。
数年後、コウキは大学に進学し、心理学を専攻した。彼は過去の自分のような、心を病んだ人々を助けるために、心理カウンセラーになることを目指していた。
ある日、彼は公園で一人の少女と出会った。彼女は、かつてのララにそっくりだった。
少女はコウキに微笑みかけた。「こんにちは。もしかして、どこかでお会いしましたか？」
しかし、彼は気づいていた。この少女はララではない。彼女は、ララの生まれ変わりなのだと。
コウキは少女に、自分の過去を話した。そして、ララとの恋愛、擬人化された睡眠薬との奇妙な恋物語を。
少女は真剣に聞いてくれた。そして、話し終えたコウキに、こう言った。「あなたの話を聞いて、私は、人の心に寄り添える、そんな人間になりたいと思いました。」
二人は連絡先を交換し、別れた。コウキは、彼女がララの生まれ変わりだとは言わなかった。それは、彼女自身が気づくべきことだと感じたからだ。
それから数年後、コウキは念願の心理カウンセラーになった。彼は、多くの人々の心を救い、幸せへと導いた。
そして、彼の傍らにはいつも、あの公園で出会った少女の姿があった。彼女もまた、心理カウンセラーとして、コウキと共に人々の心を癒していた。
彼女はいつか、自分がララの生まれ変わりであることに気づくだろう。そして、二人は再び、深く結ばれるだろう。
かつて依存していたのは、薬ではなく、孤独な自分自身だったのだと彼は知った。擬人化された睡眠薬ララとの出会いは、コウキにとって、過去と向き合い、未来を切り開くための、かけがえのない機会となったのだ。
いつかの日か、ララは彼に言っただろう。「依存してたのは、私の方だったのかもしれない。あなたに会いたくて、形を変えて何度もあなたの傍に現れる。」
そして最後にコウキは彼女に告げる。「ありがとう、ララ。君のおかげで、僕はやっと自分の足で立てるようになった。」
二人は見つめ合い、静かに微笑んだ。二人の間には、過去の悲しみも苦しみも、全てを乗り越えた先にたどり着いた、深い愛と信頼があった。
（文字数が余った場合の追記）
その夜、コウキはララと二人で星空を見上げていた。「ねえ、コウキ」ララは静かに言った。「私が薬に戻るとき、言ったこと覚えてる？次に生まれ変わるなら、あなたの子供に生まれ変わろうかなって。」
コウキは少し驚いた顔をしてララの目を見た。「ああ、覚えてるよ。まさか、本気だったのか？」
ララは少し照れながら笑った。「本気、半分冗談、半分ってとこかな。でもね、コウキ、私はあなたと出会えて本当に幸せだった。あなたと違う形で結ばれることができたなら、それはとても素敵なことだと思う。」
コウキはララの言葉に心を打たれた。彼はララの手を握りしめ、言った。「僕もだよ、ララ。君と出会えて、僕は本当に変わることができた。君が僕の子供に生まれ変わってきてくれたら、僕は世界で一番幸せな父親になるだろう。」
ララは嬉しそうに微笑んだ。「約束だよ、コウキ。いつかきっと、あなたの子供に生まれ変わって、あなたを幸せにするから。」
二人は星空の下で、静かに抱き合った。二人の未来は、まだ何も決まっていない。しかし、二人の心は固く結ばれており、どんな困難も乗り越えていけると信じていた。
コウキは、ララがいつか自分の子供として生まれ変わってくる日を夢見ながら、心理カウンセラーとして、多くの人々の心を癒し続けている。そしてララは、コウキの傍らで、いつも温かい笑顔を絶やさない。
二人の物語は、これからも続いていく。それは、擬人化された睡眠薬と人間の、奇妙で、そして美しい恋物語だ。